大型二輪免許の教習所で不安になっている方へ、実際はどうなのか?

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2016年ハーレーダビッドソン大型二輪教習所
2016年ハーレーダビッドソン
大型二輪教習所

大型二輪免許を取得するため教習所へ申し込みました。教習所へ通う前の不安や心配についての解決方法です。いろいろとマイナス方向へ考えてしまいました。54歳になる年齢的な体力の衰えも気になりました。でも実際に教習所へ通い始めると、何も心配する必要ありませんでした。

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「楽しみ」と「不安」が交互に顔を出す

 

いよいよ大型二輪免許の教習が始まります。教習所に申し込みしてから1週間後の技能教習を予約しました。予約はパソコンやスマホから簡単にできました。

 

この1週間は、ようやく大型バイク(750cc)に乗れる「楽しみ」と、54歳という年齢で、ほんとに乗れるかという「不安」が交互に顔を出しました。「楽しみ」よりも「不安」の方が大きい感じでした。そこで、あまり真剣に悩まず、遊びのつもりで大型二輪免許の教習にチャレンジすることにしました。そもそも大型バイクを使って仕事するわけでもなく、大型二輪免許がなくても生活は困りません。また免許が取れたとしても、おそらく家族に反対され、バイクは買えません。教習所は完全に「遊び感覚」で問題ありません。

 

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若い頃の「苦い思い出」

 

技能教習で、初めて大型バイクに乗ります。思い返せば、今から30年前、スズキのハスラー250というオフロードのバイクで、出勤途中に事故に遭い、入院しました。二週間で退院し、壊れたバイクを修理して再び乗ろうと思いました。ところが当時、まだ恋人だった妻や両親に猛反対され、それ以降はバイクに乗るのを断念していました。

 

しかし、私の趣味はバイクだけでなく、車の運転も好きでした。もともと「ドライビング」が大好きでした。バイクがなくても、車があれば十分楽しめたのです。

 

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教習所の「心配」や「不安」とは

 

初めての大型二輪免許の教習を前にして、1週間前から緊張してきました。次のような不安に襲われました。

 

30年間一度もバイクに乗ってません。もう初心者と同じです。アクセル操作、ブレーキ操作、クラッチ操作など、身体の手足が反応するかどうか?

 

昔の中型二輪免許は持ってます。しかし54歳という年齢で、750ccの重いバイクが倒れたときに、車体を起こせるだけの体力があるだろうか?

 

教習所の生徒は、おそらく学生たちが多いはずです。みんな若くて運動神経が良いです。すぐに運転が上手くなる人たちばかりの中で、私のような「年寄りは場違い」と笑われないだろうか?

 

教官が生意気で、口のきき方を知らない奴だったらどうしよう?(怒りを抑えられるか、従えるか?)

 

ほんとに教習所を卒業できるだろうか?

 

あれこれと毎日悩んでしまいました。

 

大型二輪免許に挑戦することになったのは、自動車レースのF1がつまらなくて、代わりの趣味(楽しみ)として「バイクに乗ること」を思いついたからです。ストレスが解消できる良い趣味を見つけようと、いろいろ調べた結果、バイクを見つけたのです。

 

そしてレンタルよりも、教習所へ通ったほうが安全で得だと判断したのです。教習所なら、日常の平凡な暮らしに対して刺激にもなるし、自分にプレッシャーをかけ、自分自身を鍛えることもできます。さらに大型バイクを楽しめると思ったのです。

 

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「楽しむ」ための教習所

 

そこでポジティブに考えました。

 

昔、若い頃にトライアルやモトクロスなどのバイクレースの真似ごとをしていました。スズキのハスラー250に乗り、林道をカウンター当てながら走ったり、ウィリーなどのヤンチャなことをしていました。「バイクが初めての人よりは、絶対に運転が上手いはず」と自分自身に言い聞かせました。もしかしたら教官より上手いかもしれません。

 

F1レーサーのシューマッハだって、二輪でレースに出ていました。自分は現役(マイカーですが)で、30年運転経験のあるドライバーです。「経験の少ない若い人たちに負けるはずがない」そう前向きに考えるようにしました。

 

そして不安を感じたときは、すぐに「楽しいこと」を考えるよう意識しました。ハーレーダビッドソンに跨り、大地を走る姿をイメージしました。

 

何しろ、生まれて初めて750(ナナハン)に乗るのです。不安だらけです。

 

ポジティブに考えるよう意識していても、気を抜くと不安感と緊張に襲われました。何度も不安感に襲われるので、「自分の気の小ささ」に改めて呆れました。神経質で損な性格は、若い頃も、50代半ばになっても全く変わりません。努力や経験で性格を変えることはできません。

 

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「心配や不安」と「嫌な教官」

 

大型二輪の教習所へ行くときの不安感は、教習所へ実際に通い始めてから、次のように解消されました。

 

アクセル操作、ブレーキ操作、クラッチ操作などは、身体が完全に覚えてました。頭の中で考えなくても手足が自然に反応しました。30年も過ぎているのに、身体が覚えているとは自分でも驚きました。

 

「750ccの重いバイクが倒れたときに起こせるか」という不安は、結論から言えば、全く心配不要でした。実際に起こそうとすると重すぎてビクともしませんでしたが、教官が手伝ってくれました。また教習中にコケたときも、すぐに教官が3〜4人駆けつけて、バイクを起してくれました。

 

若い学生たちと一緒の教習については、実際は全く気になりませんでした。ヘルメットをかぶり、それぞれがバイクに乗るので、会話も必要ありません。待合室でも、会話している人はいませんでした。教習所の待合室は、読書やスマホの人がほとんどでした。

 

教官のイメージですが、ほとんどが優しく丁寧な人でした。しかし一人だけ、「ナメた口のきき方の教官」がいました。

 

「前回やったろ!忘れたのかよ!」

 

「さっき行ったこと聞いてなかったのか?」

 

などと大声で怒鳴る教官でした。口答えせずに我慢しました。このようなダメ教官に当る確率は低いので、それほど気になりませんでした。また忍耐力を養うための精神修行と思うように心がけました。会社の中でも、一定数、どうしようもない奴がいるのと同じです。そんな奴と関わるときは、「精神修行」と割り切りました。

 

全体的な感想としては、教習所に通う前の不安や心配は、すべて解消されました。いつも思うのですが、心配しても解決しないことは、心配しても無駄です。

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