退職についての解説です。仕事のストレスは、ほとんどが人間関係に起因しています。仲の良い同僚となら、どんなに困難な仕事も、辛いとは感じません。逆にイヤな奴と仕事をすると、毎日がストレスになります。身体を壊すくらいなら退職した方が良いです。
バイトを転々とした焦りの日々
私は、高校を卒業して、すぐに自衛隊へ入りました。しかし、自衛隊の生活に慣れることができず、体験入隊期間の一週間で辞めることになりました。父も母も、私が自衛隊を辞めることに相当なショックを受けたようです。「社会に出てひとりで働けないのか?」と思っていたようです。自衛隊を辞める日に、迎えに来た母親が涙を浮かべていたのを、42年経った今でも鮮明に覚えています。1980年当時の話ですが、その時代でも、やはり「大きな組織に就職することが一番大切」と考えられていました。
自衛隊を一週間で辞めた後は、アルバイトを転々としていました。将来の目標があるわけでもありません。ただ、大学だけは卒業したいと思いました。昼間はバイトをして、夜間の大学に通いました。この頃は、きちんとした会社に勤めることもできず、やりたいことも見えず、毎日が焦りの日々でした。
街を歩くスーツ姿の人たち、朝出勤するビジネスマンやOLを見て、羨ましくて焦りだけが鬱積していました。定職がなく、アルバイトばかりを転々としていると、やはり自分自身にも自信がなくなります。生活にもハリがなくなってきます。「自分がダメになる」、「将来はもうない」、「結婚なんて到底無理」などと悲観的なことばかり考えていました。
夜間の大学へ通い始めて2ヵ月経ったある日、仲の良い友人が、どうしても外交官になりたいと言い出しました。外務省に入って夜間の大学を続けると言うのです。一人で公務員試験を受けるのは心細いので、一緒に受験してくれと頼まれました。私は公務員には興味がなかったので躊躇していると、友人は、バイトよりも公務員の方が給与も良いと、わけのわからない理由で説得してきました。友人の熱意に負け、仕方なく、公務員試験を受けることになりました。
バイト生活から公務員へ
私自身、それほど公務員になりたかったわけではありません。むしろ公務員に対するイメージはあまり良くなかったです。七三に分けたヘアスタイルに、白のワイシャツを着て、メガネをかけたイメージです。おじさんたちが、活力のない目つきで机に座り、毎日ハンコを押しているような、「つまらない仕事」と勝手に思っていました。
友人と一緒に受けた国家公務員試験は、運良く合格しました。1978年当時は、公務員試験の人気は高くなく、ほとんどの人が合格していたと思います。友人と二人で合格しました。 2020年現在では考えられないことですが、1978年当時は、公務員を目指す人は、それほど多くなく、合格しても羨ましいとも思われませんでした。
私の田舎では、高校を卒業したら、国鉄か農協に入り、週末の土日は農業を手伝うのが一般的でした。国鉄や農協に入れる人は、「かなり運が良い恵まれた人」と思われていました。私は自衛隊に入ってしまったため、国鉄や農協に入るという選択肢はありませんでした。
公務員試験に合格した後、父と母から強く勧められ、公務員になる決心をしました。母の涙をもう見たくありませんでした。初級公務員という一番下の公務員試験に受かったわけですが、いろいろな各省庁から面接の連絡がありました。厚生省などいくつかの省庁の面接を受け、結果的に国立大学への就職を選択しました。国立大学は、中央省庁と比べて、役所的な雰囲気がないことが選んだ理由です。
公務員でも「イヤ」なこと
バイトを転々としていた1年間の後に、19歳で国家公務員になりました。国家公務員になった最初の頃は、「自衛隊を途中で辞めた」というトラウマが常にあり、「どんなに辛くても、公務員を続けなくてはいけない」という強迫観念に覆われていたような気がします。それでも国家公務員なら、定期的に人事異動があります。平均して3年程度で職場が変わります。
これはある意味で、私にとっては有利に働きました。どんな嫌な人と一緒になっても、 3年のうちに、どちらかが人事異動になるわけです。簡単に言えば、3年以内の我慢で、ストレスから解放されることになります。早ければ1年以内に相手が異動します。
もちろん嫌な職場ばかりではなく、気の合う楽しいメンバーに囲まれ、毎日が楽しくて仕方がないこともあります 。確率は低いですが、たしかにメンバーに恵まれることもあります。自衛隊を辞めた後は、「本来、仕事とは苦しいもの」だと思っていました。しかし恵まれたメンバーに囲まれていると、日曜日の夜が楽しくて仕方ないのです。明日また職場のみんなに会えると思うと、もう楽しくてウキウキした気分になるのです。小学生の頃に、遠足の前日に嬉しくて眠れないような気分になるわけです。しかし、そんな楽しいメンバーとも 、3年以内には別れることになります。別れた後は、家に帰ってからも、楽しい日々を思い出しては泣いてしまうこともありました。
しかし実際に41年間公務員として働くと、楽しい職場だった割合は、3割ほどです。7割の職場は、やはり嫌な奴がいたり、嫌な仕事があったりしてストレスだらけの毎日でした。日曜日の午後から憂鬱になる毎日でした。
公務員を退職したい、辞めたいと思ったことは、数え切れないほどあります。しかし18歳の頃、バイトを転々としていたときは、「早くきちんとした会社に入りたい、定職に就きたい」という焦りばかりでした。毎日が不安でした。ところが、実際に国家公務員になると、今度は別のストレスが多くなり、「公務員を辞めたい、転職したい」という気持ちが強くなります。
実際に公務員の友人のうち、何人かは 転職したり退職しました。転職するときの理由は、何か新しいことにチャレンジするためでした。個人で商売をやりたい、新しく起業したいなどの理由が多かったです。おそらく、公務員の生活に飽きてしまい、新しいことにチャレンジしたい気持ちが強くなったのだと思います。新しいことにチャレンジするために辞めていった友人たちは、みんな成功しています。いずれも、私の年収よりは遥かに稼いでいました。収入が増えるという話を聞くたびに、「転職もありだな」と思いました。
転職する友人の一人に誘われたこともありました。たしか28歳のときです。一緒に退職して共同で事業をやらないかと誘われたのです。しかし私には、それだけの勇気がありませんでした。家族を抱えて「公務員を辞める」という決断はできませんでした。
また転職ではなく、退職するだけの人も増えてきました。何人かの友人は、精神的な苦痛から逃れられず、ストレスから解放されるために退職するという道を選びました。健康面が原因のときは、周囲は対応できないことが多いです。
正職員になるメリットとは
私は、安定した国家公務員として、41年間働きました。その間に様々な人たちと出会いました。時間給で3年間だけ働く人、派遣職員として短期間だけ働く人たちと一緒に仕事をしてきました。国家公務員は、定員削減が求められていたこともあり、次第に正職員は減り、非常勤の人たちが増えてきました。
非常勤の人たちは、自分たちの給料が安く、身分が不安定なことを心配していました。3年経過したら新しい職場を探さなくてはいけないのは、不安で相当なストレスになると話していました。
常勤職員(正職員)のメリットは、身分が安定していること、給料が年齢とともに上昇することです。年功序列と退職金、この二つが大きな魅力です。そして給与が高いということは、65歳からもらえる年金も増えるということです。老後も経済的な心配が少なくなります。30代くらいまでは、それほど実感がわきません。しかし40代後半を過ぎると、正職員のメリットが大きいことに気付きます。
会社で長い間勤務していれば、知識や経験が増えてきます。部下を育てるようなポジションを与えられることになります。責任が増え、比例して給料も増えます。責任が大きくなることによる「ストレスで給料をもらっている」と考えた方が良いのかもしれません。
人間の「感情」は不思議
仕事のストレスは、ほぼ人間関係で決まります。例えば、どんなに困難な仕事であったとしても、周りにいる同僚が仲の良い人達ばかりで、一緒に手伝ってくれたりする状況であれば、辛く感じないものです。徹夜を何日続けても、苦痛にはなりません。しかし、職場の同僚が「イヤ」な人の場合、ささいな仕事がストレスになります。ストレスが加速度的に増えます。人間の感情は不思議なものです。
2020年現在、新型コロナの感染が始まる前に、働き方改革などが推進されていました。パワハラによる自殺や過労死などが社会問題になり、無理な残業は止めるようになりました。ひどい残業をさせれば、「ブラック企業」として、すぐにネットで叩かれる時代になってきました。
パワハラなども、人間関係が原因です。そもそも人間関係が良ければ、パワハラは起こりません。セクハラも同じような部分があるのですが、意思疎通が十分にできず、相手が過剰に反応(攻撃)することでハラスメントになってしまうケースが多いのです。
人間は、感情の動物です。相手のことを「イヤだな」と思うと、どんどん「イヤ」になってしまうのです。ふとしたきっかけから、相手を「イヤ」になってしまうと、ほとんどの場合、元に戻りません。どんどん「イヤ」になり、会話をしたり、やり取りするのが苦痛になってきます。声を聞くだけでストレスになります。
嫌な相手と、一緒の空間で仕事することほど辛いことはありません。自分か相手のどちらかが2年以内に人事異動になることがわかっていれば我慢できます。しかし、そうでない場合、永遠に苦痛が続くことになります。身体を壊してまで苦痛に耐え続けるのか、ストレスを溜め続け、身体を壊すまで我慢しなくてはいけないのか、本気で悩むことになります。
我慢しても仕事を続けるべき?
しかし本当に辛いのであれば、無理して仕事を続ける必要はありません。自分の健康が最優先です。身体が健康でないと、考え方もマイナス思考になります。すべてがマイナスに変わります。身体を壊してまで仕事を続ける必要はありません。
日本は法治国家であり民主主義社会です。労働者は、法律に守られています。労働基準法、労働契約法、民法などで権利がしっかりと守られています。昔の奴隷社会のように、なんでも我慢して生活するということはありません。「イヤ」であれば、すぐに退職できます。
退職手続きについては、会社の就業規則によって、退職する日の何日前までに退職願を提出しなければいけない、などの規定があることが多いです。しかしその規定は、通常の退職の場合です。何も問題がなく円満に退社するときや、新しい仕事に転職するときなどのことを定めています。
ストレスで「もう働くのは無理」というような状況であれば、退職はすぐに可能です。例えば「もう明日から出勤したくない」のであれば、明日から実際に休むことができます。書類上は、就業規則により30日後とか60日後になりますが、明日から出社したくないのであれば、有給休暇を使い、その後は欠勤で問題ありません。
「もうやめる」という決心をしたのであれば、仕事を続ける必要もありませんし、欠勤になって勤務評定が悪くなろうと関係ありません。
つまり、ストレスが原因で退職するときは、いつでもすぐに辞められます。自筆で退職届を書き、簡易書留で送るだけで問題ありません。
しかし会社側としては、ストレスによる退職だとすると、会社の評判が落ちてしまい、ブラック企業ではないかと疑われてしまう恐れがあります。辞めようとする社員に対して、圧力をかけてくることがあります。退職を引き止めたり、退職理由を本人の責任にさようとするでしょう。こうなると、かなり面倒になります。そのため現在は、退職手続きを代行してくれる会社もあります。専門会社であれば安心して任せられます。不要なトラブルを防ぐことも可能でしょう。