いつ、どこで起こるかわからない地震。日本に住んでいる私たちにとって、それは逃れられない宿命のようなものです。「もし、事前に地震が来ることがわかれば、大切な人を守れるのに」と考えたことはありませんか?
人類は古くから、この恐ろしい大地の揺れをなんとかして予測しようと、数々の挑戦を続けてきました。ある時は動物の行動にヒントを求め、ある時は最新の科学技術を駆使して。しかし、その道のりは決して平坦なものではありませんでした。
この記事では、江戸時代のユニークな言い伝えから、国家プロジェクトとして進められた科学的な予知研究、そして現在私たちが向き合うべき「新しい地震対策」まで、地震予知の歴史をわかりやすく紐解いていきます。予知の歴史を知ることで、私たちが今、本当にすべきことが見えてくるはずです。
江戸時代の地震予知|ナマズが暴れると地震が起きる?
昔から「地震の前にはナマズが騒ぐ」という話を聞いたことがある方も多いのではないでしょうか。この言い伝えは、単なる迷信として片付けるにはあまりにも深く、日本人の心に根付いています。

安政江戸地震とナマズ絵の流行
1855年(安政2年)、江戸の町を襲った「安政江戸地震」。この大地震の直後、江戸市中で爆発的に流行したのが「ナマズ絵」と呼ばれる多色刷りの版画です。
この絵には、地震を起こしたとされる巨大なナマズを人々が懲らしめている様子や、逆にナマズが謝罪している様子などがユーモラスに描かれていました。当時の人々は、地下深くに巨大なナマズが住んでいて、それが暴れることで地面が揺れると信じていたのです。また、鹿島神宮の神様が「要石(かなめいし)」でナマズの頭を押さえつけているという伝説も、この時期に広く知られるようになりました。
なぜ「ナマズ」だったのか
では、なぜ他の動物ではなくナマズだったのでしょうか。実は、ナマズは泥の中に住んでいて、普段は静かにしていますが、水底の変化や微弱な電流に非常に敏感な魚だと言われています。
実際に「地震の前に川の魚が異常な行動をとった」という目撃談は古くからあり、そうした経験則が「地下の支配者=ナマズ」というイメージに結びついたのかもしれません。当時の人々にとって、ナマズ絵はお守り代わりでもあり、不安な気持ちを笑い飛ばすための精神的な支えでもあったのでしょう。
科学的な「地震予知」への挑戦|明治から昭和へ
時代は進み、明治に入ると西洋から近代科学が導入され、地震の研究も本格化します。「ナマズ」から「科学」へ、人類の挑戦は新たなステージへと移りました。
地震学の夜明けと「予知計画」のブループリント
昭和に入ると、地震予知は「夢物語」ではなく「科学的な目標」として捉えられるようになります。大きな転機となったのは、1962年(昭和37年)に発表された「地震予知-現状とその推進計画」、通称「ブループリント」です。
これは当時の地震学者たちが、「現在の科学レベルでは予知は困難だが、観測網を充実させれば将来的には可能になるかもしれない」という希望と具体的な計画を記した設計図でした。この提案をきっかけに、国を挙げた地震予知計画がスタートします。日本中に地震計や地殻変動を観測する機器が設置され、地面のわずかな変化も見逃さない体制が作られていきました。
1970年代の「予知ブーム」と大規模地震対策特別措置法
1970年代に入ると、「東海地震説」が発表され、世間に大きな衝撃を与えました。「駿河湾周辺で近いうちに大地震が起きるかもしれない」という具体的な指摘に対し、国は1978年(昭和53年)に「大規模地震対策特別措置法」を制定しました。
この法律の画期的な点は、「予知ができる」ことを前提に作られていたことです。もし観測データに異常が見つかれば、総理大臣が「警戒宣言」を出し、電車を止めたり学校を休校にしたりして、地震発生前に備えるという仕組みでした。当時、私たちは「科学の力で地震は予知できる時代が来る」と信じて疑いませんでした。
「予知は難しい」という現実|阪神・淡路と東日本大震災
しかし、自然の力は人間の想定をはるかに超えていました。私たちが信じていた「予知神話」は、二つの巨大地震によって大きく揺らぐことになります。
突然の揺れ|1995年 阪神・淡路大震災の衝撃
1995年1月17日、早朝の関西を襲った阪神・淡路大震災。多くの尊い命が失われ、高速道路が倒壊した映像は世界中に衝撃を与えました。
この地震において、事前に明確な「予知情報」が出されることはありませんでした。「直前予知」が可能だと考えられていた東海地震とは異なり、内陸の活断層による地震は、事前の兆候を捉えることが極めて難しいという現実を突きつけられました。これを機に、日本の地震研究は「予知」一本槍から、「基礎的な調査研究」へと大きく舵を切ることになります。
想定外の巨大地震|2011年 東日本大震災と予知神話の崩壊
そして2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。マグニチュード9.0という、日本の観測史上最大の地震です。
この地震もまた、科学者が想定していたシナリオとは異なる形で発生しました。確かに東北地方の沖合で地震が起こる確率は高いとされていましたが、これほど広範囲が連動する巨大地震になることは、予測できていませんでした。「いつ、どこで、どのくらいの規模で」という三要素を正確に言い当てる「予知」は、現在の科学では不可能に近い。その事実を、私たちは重く受け止めることになったのです。
現在の地震対策|「予知」から「予測・備え」へ
現在、国や研究機関は「確実な予知はできない」という立場を明確にしています。では、私たちは無防備なのでしょうか? いいえ、違います。「予知(Yochi)」から、確率や傾向を分析する「予測(Yosoku)」へとアプローチが変わったのです。
南海トラフ地震臨時情報とは
かつての「東海地震の警戒宣言」に代わり、現在運用されているのが「南海トラフ地震臨時情報」です。これは「地震が必ず来る」と予言するものではありません。
「普段に比べて、巨大地震が起きる可能性が相対的に高まっていますよ」と注意を促す情報です。例えば、南海トラフの片側で大きな地震が起きた場合などに発表されます。「予知」ではなく、リスクの高まりを知らせることで、皆さんに事前の避難準備や家具の固定の再確認をしてもらうことが目的です。
確率論的地震動予測地図の見方
政府の地震調査研究推進本部が公開している「確率論的地震動予測地図」も重要なツールです。「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」などが色分けで示されています。
ここで注意したいのは、「確率が低い場所=安全」ではないということです。確率が低くても、熊本地震や能登半島地震のように大きな地震は発生します。「日本中どこにいても地震は起きる」と考え、自分の住む場所のリスクを知るための参考資料として活用しましょう。
動物や雲は地震を知らせてくれるのか?
科学的な予知が難しいとされる一方で、「地震雲を見た」「ペットが騒いでいた」といった話は今でも後を絶ちません。これらは「宏観異常現象(こうかんいじょうげんしょう)」と呼ばれています。
宏観異常現象の不思議
空に浮かぶ奇妙な形の雲、深海魚の漂着、井戸水の濁り、家電製品のノイズ。古来より語り継がれるこれらの現象は、科学的に全否定されているわけではありません。地殻に巨大な力が加わることで電磁波が発生し、それが雲や動物に影響を与えるという説を研究している学者もいます。ギリシャでは、地中の電流変化を捉える「VAN法」という手法で予知を試みる研究も行われてきました。
科学的な結論と付き合い方
しかし、現時点ではこれらの現象と地震との間に、明確な因果関係や法則性は証明されていません。「地震雲が出たから地震が起きた」のではなく、「地震が起きた後に、そういえば変わった雲が出ていたと思い出した」という心理的な要因も大きいとされています。
こうした情報に一喜一憂してパニックになるのは禁物です。「もしかしたら」と思ったら、それを「防災グッズを見直す良いきっかけ」と捉えるくらいが、ちょうど良い距離感なのかもしれません。
まとめ:予知できないからこそ、今日からの備えを大切に
江戸時代のナマズから始まった地震予知の歴史は、自然の力の巨大さと、それを解明しようとする人間の努力の歴史でもありました。
残念ながら、今の科学では「○月○日に地震が来る」と予知することはできません。しかし、それは「何もできない」という意味ではありません。建物の耐震化、家具の固定、水や食料の備蓄、家族との連絡手段の確認。これらは、地震がいつ来るかわからなくても、今日すぐにできる「確実な対策」です。
「予知」に期待するのではなく、「いつ来ても大丈夫」な状態を作っておくこと。それこそが、歴史から私たちが学ぶべき最大の教訓ではないでしょうか。
