定年退職で「無職」になった!「リアルな日常生活」で家事を知る

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人生100年時代
2002年12月 ハワイ

私は、2020年3月に60歳で定年退職になりました。65歳まで再雇用として働くことも可能です。しかし、私は再雇用を選択せず、「無職」になりました。

 

実際に無職になると、日常生活がどのように変わるか、リアルな体験レポートです。

 

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近所からの冷たい視線、リストラされた?

 

2020年8月現在、無職になり、ほぼ 5ヶ月経過しました。

 

今年は3月に入り、新型コロナウイルス感染の影響で、イベントや飲み会などが自粛になりました。定年を迎えてのお祝いなども辞退せざるを得ず、かなり寂しい定年退職でした。

 

4月からは在宅勤務やテレワークが推奨され、無職で自宅にいても、退職したことがわからなくなりました。以前は、自宅に昼間いるだけで「仕事をしてない、リストラされた?」などと冷たい目で見られました。しかし在宅ワークが増えたことで、昼間自宅にいても、無職ということがわからず、周りの目を気にする必要がなくなったのです。

 

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無職になって、一番最初にすることは「健康保険への加入」

 

「健康保険」は、病院にかかった場合、3割負担などで治療してもらえる公的医療保険です。健康保険に加入しなければ10割負担になってしまいます。

 

会社員で働いているときは、健康保険への加入手続きは、気にする必要がありませんでした。雇用者である会社側が、加入に必要な手続きを全て行なってくれます。しかし退職して無職になると、自分で健康保険へ加入するしかありません。

 

退職した後に、健康保険へ加入する方法としては、次の3つがあります。この中から自分に最適なものを選択することになります。

 

退職時の健康保険を継続する(期間は2年間のみ)

 

保険料は、事業主負担分も払うので「退職時の2倍」です。ただし保険料の上限額(月額35,000円程度)が定められています。そして保険料は2年間払い続けなければなりません。もし上限額と仮定すれば、2年間で84万円(年間42万円)の保険料を払うことになります。無職・無収入でも払わなくてはいけません。

 

国民健康保険に加入する

 

国民健康保険は、商店などの自営業、個人事業主、農業などをしている人が加入する公的医療保険です。保険料は、とても高いです。前年の収入を基に保険料が計算されます。私の場合、前年の所得金額が600万円でしたので、年間71万円という、恐ろしく高額な保険料になります。退職後の1年間は、ものすごく保険料が高いです。無職であれば2年目から安くなります。前年の所得が0円なら、年間7万円くらいの保険料になります。

それぞれの市区町村で、健康保険料の試算方法が公開されてます。ネットで検索できます。
例えば、東京都練馬区の「国民健康保険料試算シート(令和2年度)」です。

国民健康保険料の計算方法(令和2年度):練馬区公式ホームページ

 

家族の「被扶養者」になる

 

上記2つの保険料は、年間40万円から70万円とかなり高いです。無職では、かなり辛いです。もし家族の中に会社員の人がいるなら、保険料の負担なく、健康保険に加入できます。会社員の家族の「被扶養者」になるのです。

 

当然ながら、扶養される身になるので、「家族の中の立場」が弱くなります。その分、家事を一生懸命せねばなりません。「面倒を見てもらっている」という精神的な負担は増えます。しかし金銭的な負担はゼロです。経済的には一番有利な方法です。ただし、収入制限があります。収入が少ないことが条件になります。

 

私の妻は、まだ会社で働いてます。そこで、妻の健康保険へ「被扶養者」として加入することにしました。最初は、妻から「ほんとに働かない気?」と、冷たい目つきで言われました。しかし壮大な計画(別記事にする予定)のためには仕方ありません。「被扶養者」には収入制限(60歳以上は年間180万円未満)があるため失業手当も受け取れません。

 

若いときに加入した民間会社の個人年金が年間115万円あります。そしてブログのAdSense収入が年間40万円ほどあるので、わりと収入制限ギリギリなのです。

 

妻の会社へ「退職証明書」と「戸籍謄本」を提出し、健康保険証を発行してもらいました。

 

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無職の「リアルな日常生活」

 

無職になって5ヶ月経過しました。

 

妻と二人暮らしですが、日常の生活費は、ふたりで月額12万円ほどです。ただし節約した生活ではありません。アルコールも飲みますし、寿司や鰻などの高級料理も食べます。発泡酒は毎日4本ほど飲んでます。夕食後には焼酎の水割り、ワインも飲みます。現役時代とほぼ同じ食生活です。生活レベルをそれほど落とさずに、通常の生活費がどのくらいなのか検証しています。ふたりで月額12万円の中身は次のとおりです。

日常の生活費(ふたり分の月額)

食費 8万円
日用雑貨 2万円
光熱水料 2万円
合計 12万円

 

含まれてない費用(人によって金額が変わり、また老後に大きく金額が変更になるため、上記から除外しています。)

生命保険、住民税、固定資産税、自動車維持費(重量税、車検代)

 

一般的な生活費については、総務省で統計を公表しています。
総務省統計局の調査(家計調査報告 家計収支編 2019年(令和元年)平均結果 )によれば、ふたり暮らしの平均生活費は、27万円です。ひとり暮らしが16万円です。平均なので、かなり裕福な人も含まれたデータです。

 

この平均的な生活費と比較するため、上記の「含まれてない費用」を概算で見積もると、次のとおり7万円になります。

ふたり分の月額金額です。

生命保険、医療保険(民間会社) 2万円
住民税 2万円
固定資産税 2万円
自動車関係維持費 1万円

 

すべてを合計すると、ふたりで月額19万円です。(12万円+7万円)

 

次に、収入面を考えてみます。2020年8月現在、65歳からの公的年金は次のとおりです。夫婦ふたりでの年金「月額」です。

国民年金 月額130,282円(ひとり満額で月額65,141円)
厚生年金 月額220,724円(平均)

 

厚生年金が20万円以上であれば、それなりに生活できる計算になります。国民年金だけだと、かなり節約が必要になります。

 

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実際に無職になって感じたこと

 

私が実際に無職になって感じたことは、次の通りでした。やはり現役時代とは大きく変わります。早いうちに慣れた方が良いと実感しています。

 

生活のリズムが全く変わってしまう

 

現役時代は、スケジュールに追われる毎日でした。ほぼ毎日、会議が3つも4つも入ってました。1ヶ月のうちで予定が何もない日は、数日だけでした。ところが、無職になった途端、スケジュールが全て空白になりました。

 

良い表現を使えば、全ての時間を自由に使えます。しかし実際は、「やることがなくて、何をしたら良いかわからない」のです。しかも相変わらず、朝は明け方に目覚めます。

 

私は55歳頃から、睡眠時間が短くなりました。夜10時ぐらいに寝て、明け方3時から4時ぐらいに目が覚めるようになりました。遅くても、朝4時には必ず目が覚めてしまいます。そのため会社に行っても、昼食を食べた後、ものすごく眠くなってしまいます。午後の会議は、睡魔との戦いでした。それでも、年を取って睡眠時間が極端に短くなり、「自分が高齢者になった」ことをしみじみと感じていました。

 

昔から「年寄りは朝が早い」と言いますが、まさにその通りです。年を取ると、長い時間眠っていられません。現役時代から、休日でも明け方3時か4時には目が覚めます。

 

そして、無職になった今は、昼に食事をしながら発泡酒を飲み、昼寝する生活パターンになりました。昼12時に食事をして、13時くらいから昼寝をして16時ぐらいに目が覚めるのです。睡眠時間を2回に分ける生活です。おそらく年を取ると、1回あたりの睡眠時間が短くなるのではないでしょうか。

 

無職になってからの睡眠パターンは、22時ぐらいに寝て明け方4時前に目が覚めます。朝食の準備をして、妻を会社へ送り出すと、1日おきに洗濯と掃除を2時間ほどします。その後犬の散歩を2時間すると、11時ぐらいになります。早めに昼食を済ませ、昼飯を食べながら発泡酒を飲み、すぐに眠くなるので、13時から16時ぐらいまで昼寝をします。

 

最初の頃は、昼寝をしないよう、現役時代と同じように「昼間は何かする」ようにしていたのですが、それだと眠くて仕方ありませんでした。かなり疲れてしまい、身体にも悪いと思い、「眠りたい時には眠る」自然な生活パターンへ変えました。

 

2020年8月現在は、家事をすべて行いながら、午前中は愛犬と2時間ほど散歩をし、昼は発泡酒を飲み、夜も発泡酒や焼酎を飲む生活です。身体に負荷をかけない「自由な生活スタイル」になっています。料理や洗濯、掃除などの家事を行うことで時間を有意義に使っている気がします。

 

無職になって、妻の「被扶養者」になったこともあり、私が家事全般を受け持つことになりました。現役時代は、家事のほとんどを妻へ押し付けてきました。夫婦共働きだったとはいえ、やはり料理を作るのは妻でしたし、家事のほとんどは妻が担当していました。

 

私が定年した後は、妻に家事の負担を一切させずに、「好きなこと」をやってもらいたいと思いました。妻も最初は戸惑っていましたが、私が家事を行うようになって、自分の自由な時間が持てるようになったと喜んでいます。

 

家事は、とても大変

 

私は60歳になるまで、まともに家事を担ったことがありませんでした。田舎の農家で生まれたため、「男性が料理などの家事をする」という生活には慣れていませんでした。「男性は外で働くもの」と思っていました。「料理は女性が行うもの」、「家事や育児は女性が行うもの」という「古い考え方」でした。

 

しかし2017年頃から「人生100年時代」と言われるようになり、60歳で定年退職した後も40年間生活できる可能性があります。高齢になったときに家事ができないと、かなり悲惨な状況になります。老後の生活を考えれば、早いうちに「自分で家事ができる」ようにしたいと思いました。

 

また家事から妻を解放し、自由にさせてあげたいと思いました。妻は、あと2年で定年退職です。その後5年間は再雇用として働くつもりです。そうなれば7年間は「稼ぎ頭」として働いてもらえるわけです。その間、私が家事を担当すれば「家事を勉強する」こともでき、妻も楽になり、都合が良いわけです。

 

掃除と洗濯については、現役時代も手伝っていました。この「手伝う」という感覚がダメなんです。家事を覚えられずにきました。主体的でないため覚えられないのです。それでも、およその「やり方」は理解していました。

 

掃除と洗濯は、二人だけの生活なので、毎日行う必要はありません。洗濯は1日おき、掃除は週2回で十分でした。

 

家事のうち、最も難関なのは「料理」でした。家事の中のウェートからすれば9割を占めます。

料理については、全くの素人でした。現役時代は2ヵ月に1回ほど、週末にチャーハンを作ったり、焼きそばを作ったりするくらいでした。また年に数回、天気の良い日にバーベキューで肉を焼いたりするぐらいでした。本格的な料理は、一度も経験はありません。

 

献立を考えること、食材を買いにいくこと、調理すること、これらが「ものすごく大変」だということが、この5ヵ月で理解できてきました。

 

料理については、さらに詳細にリポートします。

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