コンプライアンスは人間の基本

コンプライアンスのない会社

2016年4月、大手自動車メーカーによる燃費計測データの不正が、テレビなどで報道されました。25年以上前から不正が行われていたとのことです。

たしか、この自動車メーカーは、以前にもリコール隠しで問題になったことがありましたが、その当時の教訓が活かされなかったわけです。

こうなると、会社の社風として、典型的な利益至上主義がと隠蔽体質が蔓延していて、正しい判断や善悪の区別ができる社員が少ないということです。

コンプライアンスは、書類上、法令に合致するよう見せかける、というような虚偽を、何とも感じない思考回路を持つ人たちには、理解できないことですから、そもそも無理なのです。

真実、事実と異なることに対して、何も違和感を感じない人にはコンプライアンスは無理なのです。

子供の頃に、ウソをついてはいけないよ、と教えられた、人としての最低なルールが守れないのですから。

もう、コンプライアンス以前の問題です。

コンプライアンスとは

コンプライアンスとは、善悪の判断ができることが大前提です。

今回の自動車メーカー以外にも、財務データの虚偽記載、損失隠しなど大手企業の不正が問題になることがありますが、どのケースでも共通している考え方は、

自社(自分)の利益を最優先するためにウソをつくことです。

事実と異なっていても、(虚偽の)書類さえ整えておけば良い、書類上の矛盾点がなければ問題ない

という、見せかけだけの、残念な考え方によるものです。

これらは、ほとんどの場合、会社の上層部からの命令で、ライバル会社に負けないよう、自社の利益を大きく見せるよう、無理難題を押し付けられ、それに社員が従うという慣行や社風から悲劇が生まれています。

顧客がほとんどいないような、起業したばかりの小さな会社なら、競争の中で生き抜くために誇大広告的なことも多少は許されると思います。

しかし、数万人もの顧客がいる大企業は、もはや公的な企業ですし、社員一人一人が毅然とした善悪の判断を持つ必要があります。

特に企業の上層部は、「事実と異なる虚偽は許さない」という毅然とした態度が必要です。

いろいろな不正事件の根底にある考え方は、「書類上整えればごまかせる、見せかけの書類が矛盾していなければ構わない」ということです。

コンプライアンス、法令遵守という言葉がありますが、見せかけのコンプライアンスのために、書類を偽造してはいけないのです。

コンプライアンスのために虚偽の書類を作るのは、言語道断です。

事実かどうかを毅然と判断するのがコンプライアンスです。

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